社会分析脳を訓練する実践読書ブログ

勉強会の開催、参加・ビジネス書や人文書の読書を通じて、将来を見通す能力「社会分析脳」を鍛えていくブログです。

<<詩でしかかけない静物を教えてくれる『鈴木漠詩集』  | ホーム | 神田にからすうりのあかりを見に行きました>>

スポンサーサイト 

--.--.-- この記事をクリップ! このエントリーをはてなブックマークに追加

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


ブログランキングに参加しております。よかったらクリックしてください。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

人気ブログランキングへ1

 

2008.12.21 この記事をクリップ! このエントリーをはてなブックマークに追加

詩論+続詩論+想像力 (思潮ライブラリー・名著名詩選)詩論+続詩論+想像力 (思潮ライブラリー・名著名詩選)
(2008/11)
小野 十三郎

商品詳細を見る


アナーキスト、詩人として知られ、今も続く大阪文学学校の創設者でもある小野十三郎が、戦中戦後を通して書きついだ詩論とその続編を含む、『詩論+続詩論+想像力』が復刊されました。

初めて読んだのですが、短歌的リズムの否定を書いたといわれる、詩論は今年一番よい読書経験のひとつでした。


とりあえず、一番初めに書かないといけないことは、必ずしも伝統詩歌を否定していないことでした。抒情を表すにあたっては、伝統詩歌の方に一日の長を認めているくらいなのです。
 現代詩はまだその精神の内部に、抒情の認識として統一された独自の純粋性を持っていない。全てが偶然的であり不安定である。その抒情の展開は、短歌や俳句の発想と型式によっても可能であり、むしろそれらに依る方がより正確であり科学的であるといえる。 (152)




この詩論に含まれる239の断片は、短歌や俳句のリズムを否定することではなく、むしろ新しい詩を作ることにあったように感じます。
彼が詩論を書いた時代は、戦争もさることながら、明治時代の新体運動から始まった、短歌や俳句の五七のリズムを使わないが一般的になった時代でした。
新体を作った島崎藤村はおろか、中原中也も、宮沢賢治も死んだ後の時代でした。

新しい時代に生まれ育った人として、どのような現代が書かれるべきであるかということについて、技術と精神の二つの側面で語っています。
そして、この論で重要なのは自分の頭で考えることの大切さを教えてくれることでした。

ここでは詩の技術的な面と、そのほかの面白いことを紹介します。

技術的な面、つまりリズムと描写について。



現代詩のリズムと描写について、音楽のリズムや絵画の描写との違いを
小野さんは批評性だと指摘します。

詩の内部にある絵画は「描く」精神よりもむしろ批評の精神に通じるものだ(52より)
リズムとは批評である。(159より)


特に音楽については、詩が音楽、特に歌謡に寄り添いすぎていることを批判しています。
詩は「音楽」にあまりに多分の行為を示した瞬間から堕落した。詩の科学であるところの言葉の韻律だとか格調だとか色彩だとかいうものは「音楽」ではない。詩と音楽の結びつきがおのおのの精神を組成する科学を放棄して、表面の浅いところで狃れ合っているところから、両者の相貌はますます不確実なものになった。

詩の形式が堅実さを加えたのは、それが「音楽」(歌謡)と分化してからだということは疑うことができない。詩人が自分の科学の他のいかなる科学の援助も必要としなくなったのはそれ以来である。(49より)


197番目の断片に書かれている「リズムとは批評」であるという言葉は印象的です。
それ以前の場所でも、「リズム=批評」という言葉は出ていますし、この断片の後ろでも出てきます。

197番目の断片を全文引用してみます。
現代詩は、その抒情の科学に「批評」の錘を深く沈めていることによって、短歌や俳句の詩性とおのずから区別される現代の歌であるということを忘れてはならない。この批評精神が失われたならば、おそらく詩は短歌や俳句の一般性、通俗性に対して抵抗することは出来ない。詩人は、現代史のこの独自の要素を深く自覚することによって大衆に見えようとする。リズムとは批評である。抒情の科学の中に完全に融和した「批評」は政治的諷刺詩というような狭小な範囲だけでなく、他の様々な詩のジャンルに於いても美しく開架する。「批評」の要素に於いて妥協した抒情に真実の歌がこもる筈がない。 (197)




また、小説や散文、思想との比較も非常にスリリングです。

詩に救いを求める作家へ。遺憾ながら思想から直接にじかに出発し得るという道程は詩に於いてもない。、思想はやはり結果として存在が知られるものである。それは小説における思想性が、作品がその全重量を荷い終えた後にはじめて確立されることと何等ことならない。散文の巨大な構成とはいささか性質は違うが、詩も又なにものかを担い終えなければならない。(215)




詩を読む人だけでなく絵画を見る人にもこの詩論はスリリングです。

特に、彼がダ=ヴィンチの飛行機械のスケッチに対して書いた断片は非常に面白いです。

 レオナルドが手がけた科学の中で、今日一番通俗的な興味がもたれているのは、何といっても彼の飛行に関する理論である(「鳥の飛翔について」)。しかも彼が当時すでに「空気よりも重い」ものの原理の実質上の発見をしながら、気球や気体静力学の研究に転じようとせず、飛行の理論については、終始筋肉の力で動かすことができる人間を骨組みとした様々な工夫にのみ執着していたということは頗る暗示的である。
(中略)
鳥の模倣が飛行の真の秘密であるという考えは古くして且つ永遠に新しい。彼は、自らの肢体や翼を持っている鳥と、それ自身生命を持たぬ人口の翼や付属物を使用する人間との比較に何等錯覚を持たず、理論的には慎重を極めていたけれども、彼の想像の鳥もまた生命を持っていたのだ。思うに、彼を航空の先駆者と呼ぶことはあまりに適切な言い方ではないのかもしれない。彼にとっては実に人体の飛翔という夢が重大だったのだ。そのために彼の飛行はあくまで鳥でなければならず、気球の研究などは彼を魅するにはあたらなかったのである。(110より)




詩人自身が詩について語るときは、経営者が経営に語るときに自分の会社と競合各社を語るときと変わりません。
自分にとっての詩であり、自分が書きたいものと、ほかとの対比を語るものがほとんどです。
この詩論は強い言葉で書かれていることもあり、読む人にとっては非常に言いたいこともあります。
ただ、この詩論は彼の頭の中のスリリングな営為として心に留めておき、
彼がこの詩論を乗り越えて何をしたかであり、
そしてそれ以上に自分は何をするのかを確認するのが一番だとおもいました。
そして、この詩論は強い作品だと改めて実感しました。




小野十三郎さんの詩は
詩はウラ・アオゾラブンコで4編読めます
教科書では東京書籍にて山頂からが採用されています。この詩は彼の詩集に掲載されていない詩らしいです


ブログランキングに参加しております。よかったらクリックしてください。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

人気ブログランキングへ1

タグ : 書評 詩論 小野十三郎 詩論続詩論想像力

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://literturehardcore.blog51.fc2.com/tb.php/152-2af79aac

 | HOME | 

出演予定イベント
3月17日 (水)19:00-24:00
『ユアパ!vol.34@渋谷SECO』


渋谷SECO
東京都渋谷区渋谷1-11-1 B1F
03-6418-8141
1000円+ドリンク
メールマガジン
ポエムコンシェルジュの選んだ一篇
(ID:0001086342) 読者登録解除フォーム
メールアドレスを入力してボタンを押すと登録・解除できます。
登録フォーム**
まぐまぐ 『まぐまぐ!』から発行しています。
カテゴリー
月別アーカイブ
RSSフィード
最新記事のRSS
最新コメントのRSS
最新トラックバックのRSS

Add to Google
はてなRSSに追加
My Yahoo!に追加
Livedoorへ追加
最近の記事
ブログ内検索
リンク
アクセスカウンター
最近のコメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

twitter
ブログパーツ



復刊ドットコム
絶版になっている本の復刊に
協力願います。

アイデアのおもちゃ箱
新しいアイデアを思いつくツールが全部で20種類以上!
発想力を高める方法や偉人の発想エピソードも詰まっています
書評
おすすめ詩集(インディーズ)
おすすめ詩集(インディーズ)

五十嵐倫子『色トリドリの夜』
ブログ関係
プロフィール

イダヅカマコト

Author:イダヅカマコト
ポエム コンシェルジェとして、詩集や文学、発想の紹介をしております。
恋愛詩、克己詩、悲しい詩、うれしい詩など、こんな詩が知りたいというごお問い合わせを歓迎しております。
ご献本やコラム・書評の執筆依頼、撮影などの依頼もうけております。
ご献本いただいた書籍にはご紹介を書くよう努力しております。

よかったら、お問い合わせフォームよりメッセージください

また、Twitterもやっております。
こちらからよろしくおねがいします。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。