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幸運だった被爆者と聞く意志のない質問者 

2009.07.04 この記事をクリップ! このエントリーをはてなブックマークに追加

初めて伺った被爆者の話は2つの意味で反省させられる出来事でした。
1つはわたし自身が被爆者を画一的に考えてしまっていたことでした。

もう1つは人の古傷を抉り出すことに長けた質問と、ご自身の政治的意見を質問の形で押し付ける質問があるということでした。

幡ヶ谷の36.5℃で行われた「灯篭の会」は平和を祈るイベントだと私は思っています。
昨年8月6日に広島で、昨年の12月にも幡ヶ谷で、今年の8月にも広島で行われるイベントです。

36.5℃は「灯篭の会」だけではなくすばらしい弾き語りのライブや、愛と平和と幸せの種をまくトウキョウ・ハッピーズというグループをされていて、すばらしいライブハウスです。

昨日、7月3日は広島で被爆されたIさんがいらっしゃいました。東京生まれの88歳。

徴兵され、将校として宇品にいらっしゃるときに被爆されたそうです。
宇品は爆心地から3km離れていて、彼は幸運なことにひどい怪我もなく生き延びることができました。(後遺症についてはもっと詳しく聞けずに残念なことをしました。)

幸運も複数ありました。
爆風で怪我をしなかったことも一つでした。
それ以上に幸運だったことは、爆心地への救護活動を行わずにすんだことでした。
市街地に長く残った放射能による二次被害を受けずにすんだのです。
火災の範囲の外にいたことも幸運の一つでした。

ここで、わたしが驚いたことは、被爆された方というのは皆『原爆の図』のような姿をしていると思っていた自分自身でした。
火傷の跡も見せず、また二次災害による黒い雨を浴びなかった被爆者がいらっしゃることで私には新鮮でした。


終戦直前に、ボートで逃亡する話を上官としていたという話や、8月15日に朝鮮人部隊がお祭り騒ぎをしていたというお話。

また、軍隊生活が終戦後の生活で役立ったことも印象的でした。
たとえば人脈。努力して将校になったIさんの周りは終戦後に興銀などの一流企業に就職された東大や一橋の学生ばかりだったということでした。軍隊生活についてはもっと掘り下げて聞けたらよかったなと思いました。

Iさんのお話しをマインドマップにまとめてみました。

送信者 灯篭の会@幡ヶ谷36.5℃



放射能では話すことのできない原爆の被害

他にも私が考えなかった原爆の被害の話がありました。

一つは爆風による被害の大きさです。

Iさんは机の下に伏せていて無事だったのですが、Iさんの同僚で机から顔を出された方は爆風で顔が血だらけになったそう。
また、Iさんのお話の後で被爆されたの祖父母のお話をされた広島在住の弾き語りのミュージシャン、カワムラさんの話す爆風の被害も印象的でした。

カワムラさんの父方のお爺さんは爆心地から4kmはなれたところで農作業をされていたのですが、背中一面にやけどを負ったそうでした。
20km離れた母方のおばあさんはの村でも家のふすまが全部吹き飛んでいたそうでした。

またもう一つは被害が千差万別だったことです。

Iさんの近くにある広島市立高女の生徒は、建物疎開のために広島の市街地へ入っていてほとんどが亡くなりました。

Iさんの近くでもある人は黒い雨や放射能でひどい後遺症が残ったにも関わらず、隣に立っていた人はたいした被害を受けていなかったというお話をされていました。

カワムラさんの父方のお爺さんは被爆から18年たった後でガンで亡くなりました。
お爺さんの死因が家系によるものか、それとも原爆によるものか今では判らないそうなのです。
カワムラさんの実家はガン家系だそうでした。

カワムラさんのお婆さんは原爆症の認定を受けられたため、カワムラさんのお爺さんの家に粉ミルクがあったということも印象的な話でした。



残念な質問:生きているということが罪だといいかねない質問

この日は幾つか残念な質問と話の進め方を見ました。具体的には二人でしたが。

Iさんが被爆者の救援をされなかったことを執拗に確かめる質問をされた方がいらっしゃいました。

初めに聞いたときは重要な質問だと思いました。話の流れから、Iさん自身が救護活動に当たったということはないようだったからです。

Iさんは下宿の近所に住んでいた小学生を個人的にお見舞いに行ったときの話をされました。
衛生兵が赤チンを塗り、脚にひどい傷を負った小学四年生の男の子は「殺してくれ殺してくれ」とずっと叫んでいたという記憶でした。
話の流れから、Iさんが被爆者の救援をされた記憶がない(そしておそらくしていない)ことは明らかでした。

質問された方は何度も、ご自身ならば助けて欲しいという方がいらしたら手を差し出すということを強調されました。その上で、Iさん自身の行動を問い詰めました。

Iさんが「任務から外れることは許されないことだった」とおっしゃったとき、質問された方は「それが私の聞きたかったことです」と言って話を一方的に打ち切りました。

私は質問者のことを疑いました。フェアでないと感じました。

IさんにはIさんの受けた教育と倫理があり救援をされなかったのでした。
質問された方は質問された方の受けた教育と倫理がありって救援しなかったことを確かめられたに違いありませんでした。

ただ、Iさんは軍人としての任務に忠実なマニュアル人間であり、質問者はそうでないのだということを強調したいかのような質問でした。
でも実際は質問者自身がマニュアル人間なのでした。

Iさんはご自身が偶然にも生き残ったことを知ってらっしゃるのです。
誰がIさんの長寿を責め立てられるとでもいうのでしょうか。
質問された方がたとえ軍隊組織について批判されたかったとしても、軍隊の

あとで私は「フェアでない」と質問者に言いましたが、彼は「フェアでなくていいんです」と開き直ったことも合わせて記録します。
質問者のご家族に被爆者がいらしたらとても申し訳ないことなのですが。

そしてあと一つ、原爆で死没された方の遺体から伝染病が起きると信じられていたことも付記しておきます。
後の時代から見たわたしたちは、物事の原因を知っているため、伝染病と信じたことを差別と言うことができます。
しかし、もしも現場にいたらどのような反応をとるのでしょうか。やはり近づけないし近づかないのではないでしょうか。
豚インフルエンザの報道を見ると私はIさんの行動が判るような気がします。




残念な質問:自分の背景を頼りに人に主張を押し付ける質問

もう一つ気になった質問は「愛国心について」という質問でした。
この質問も「それが私の聞きたかったことです」と言って質問を終えられました。

Iさんは愛国心を「国のために死ねるかどうか」という話をされました。
そして問い詰められて、最後には「個人の生活が大事」「個人が集まって国ができる」とおっしゃいました。
質問された方はその答えにある程度満足されたようでした。彼も「個人の生活」が大事ということでした。

私はIさんと質問された方の間にある日本についての前提がちがうように感じられてなりませんでした。

Iさんの生まれ育った日本は「天皇陛下」という言葉を聴いたときに直立不動の姿勢をとるように教育されている日本でした。
そして、Iさんは直立不動まで必要ないとおっしゃっていました。天皇制については賛成されているのでした。

質問された方の生まれ育った日本は、国旗掲揚と国歌斉唱を疑うことを基本にできる日本でした。恐らく彼(そして私)とIさんの中で、どんな行為がOKでどのような行為がNGかということをもっと小さなレベルからきちんと話されるべきではないかと感じました。



経験をもっと素直に聞きたい

彼らの質問を考えると、わたしは高村光太郎が『智恵子抄』を書いたのと同じ時代に戦争詩を大量に書いたことに思いをはせずにいられませんでした。

そして、尾崎喜八の戦争詩『此の糧』を考えずにいられませんでした。

大君の墾の廣野に芋は作りて、
これをしも節米の、
混食の料とするてふ忝さよ。
つはものは命ささげて
海のかなたに戦ふ日を、
銃後にありて、身はやすらかに、
この健かの、味ゆたかなる畑つものに
舌を鼓し、腹打つ事のありがたよ、
うれしさよ。

芋なり。

配給の薩摩芋なり。
その形紡錘に似て、
皮の色紅なるを紅赤とし、
形やや短くして
紅の色ほのぼのたるを鹿児島とす。

尾崎喜八 『此の糧』



大多数の日本人そして大多数の日本の文学者、コメディアン、ミュージシャンは戦争に積極的に加担しました。『爆弾三勇士の歌』は与謝野鉄幹が作詞した典型的な戦争の歌です。与謝野晶子も満州事変に対しては「水軍の大尉となりてわが四郎み軍にゆくたけく戦へ」という戦争を鼓舞する歌を四男にあてて詠んでいます。

敗戦後GHQが入ってきた瞬間に、大多数のそれらの人々はある人は生活のため、ある人は敗戦の事実のために日本が戦争をしたことを批判するようになりました。

日本が戦争に巻き込まれるときは、私たちの大部分も「国のために死ぬ」ことを当然として戦場に行くにちがいありません。

私はもっと幸運な被爆者だったIさんの経験をていねいに聞き、自分達の中に戦争へのイメージを膨らませるべきではないかと思いました。


Iさんのお話が短かったこともあったのですが、純粋に経験を聞くことがもっと大切ではないかと痛切に感じた1時間でした。
1945年に二十代だったIさんにとって、戦争よりもその後の生活のほうが長く、その中で戦争体験がどういう風に生きたかをうかがえたらよかったなと、個人的には思いました。


Iさんのお話が終った後に行われたカワムラさんと、36.5℃のスタッフ、NOBさん宇海ちゃん国光さん水野さんが参加されたTokyo Happiesのライブはとてもすばらしいいい歌ぞろいだなと思いました。

送信者 灯篭の会@幡ヶ谷36.5℃


送信者 灯篭の会@幡ヶ谷36.5℃


36.5℃はとてもいいライブハウスでもっと知られて欲しいところだと思いました。




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タグ : 灯篭の会 被爆

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