アイデアは数撃ちゃ当たるが和の心!

2008年04月09日 23:46

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アイデアマラソンで、「短歌や俳句を始めてみないか。1日に詠む目標句数を決めるのもいい。 」ということがありました。
別に歌を詠んでどうのということはないのですが、このアイデアマラソンの理由がとても古典に通じています。
引用します。

チャンスは貯金できないが、チャンスの元となる発想ならいくらでも貯められる。


松尾芭蕉の書いた句で残っているのは976句といわれています。
現在、平均的な句集は一冊につき300句ほどあるから、最短で3年で超えられます。
もちろん、芭蕉が作品として認めた句が976という意味なのですが。

さらに芭蕉について更に加えると以下のような言葉が残っています。
芥川龍之介の「芭蕉雑記」より
「翁凡兆に告て曰、一世のうち秀逸三五あらん人は作者、十句に及ぶ人は名人なり。」
乱暴に訳すと「一生のうちに名人でも十句くらいしかいいのは作れない」

そんな芭蕉ですら976句もの句を自分の俳句であると認めるんです。
そして、秀逸な句はその90分の1以下というのです。
下手な鉄砲数撃ちゃあたる、とはよく言うけど芭蕉ですらこうなら私なんてもっとアイデアを出さなきゃいけないですよね。



というわけで、私もブレーンストーミング。歌にするとひとつきかかるから!

今朝家を出ると横断歩道の向こう岸に小学生が三人いた。
自分が自転車でこいできた道の向かい側にも小学生がいた。
小学生になった子供だと分かるのは黄色い帽子をかぶっていたからだ。
保護者と一緒だったのは入学式だったのか。

子供に手本を見せるかのように、
むしろ自分が子供達に後ろ髪を引かれるかのように、と書いたほうが正しいのか、
道に集う全ての自転車が赤信号を守っているのが珍しかった。
珍しいと思ってから自分が隣の自転車の女性を見知っていることに気がついた。
隣の女性が人の親かはわからなかった。
小学一年生の親は、三年前は自転車の前の座席にもっと小さな子供を乗せて赤信号を突っ切っていたに違いなかった。
待っているといつか自分自身も親になるような気がしたから
ここまでで多分歌は8つつくれると考えて逃げた。



この日記は、もちろん創造マラソンに突っ込みを入れたく書いたんです。
本人が、風情ないよねと書いていたから別に風情ないわけじゃないぞと。

葉桜の下にたまりし散り桜 心満たすは桜だんご


下の句と上の句がコミュニケーションしていないからよろしくないのだと思います。
桜を三回も使ってるじゃないか、とありますが、字面だけの話。
わざわざ書かれた歌にリンクを貼ってしまったのですが、葉桜も散り桜も桜だんごもこれだけの種類があるので、この三つにつながりを求めてどんな心満たす桜だんごを作るかを私は見てみたいです。




コメント

  1. 樋口健夫 | URL | L1ch7n1I

    No title

    こんにちわ。アイデアマラソンの考案者の樋口健夫です。素晴らしいコメント、すごく勉強になりました。ありがとうございます。アイデアマラソン的俳句、短歌、がんばってください。

  2. イダヅカマコト | URL | -

    コメントありがとうございます

    コメントありがとうございます。
    ただ、「アイデアマラソン的」というより、
    アイデアマラソンに掲載されていることの本質が
    歴史の流れのなかで行われているものだと想うのです。

    私は短歌をたまたま詠む集まりに行くことはありますが、
    「アイデアマラソン的」にはできないと思います。

    (本当はこの日記も、創造マラソンの浅田さんですら切れ字を入れるのが和の心だと感じているのが少し悲しくなって書いたのです。これについては追い追い出すと思います。)

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