2008年10月04日 02:02
![]() | マチャード・アルベルティ詩集 (世界現代詩文庫) (1997/12) アントニオ マチャードラファエル アルベルティ 商品詳細を見る |
10月4日から六本木の新美術館とサントリー美術館にて巨匠ピカソ展がはじまります。
計230点が展示されて国内最大級のピカソ展となるそうです。
スペインの詩人。というよりも人民戦線の詩人だった、ラファエル・アルベルティはピカソの友人でした。
ピカソはスペイン内戦で敗れたアルベルティのパリでの亡命生活を支援するなど、祖国を失った詩人への努力を惜しみませんでした。
アルベルティはピカソの死後二つの詩を書いています。
『ピカソの死 ―ここにはもうだれもいない』と
『ピカソの記念碑のための碑銘』です。
両方がピカソの絵を想起させて、展覧会を見る前に読んでも
見た後に読んでも心に絵がよみがえります
『ピカソの死 ―ここにはもうだれもいない』で、アルベルティはピカソの鋭いまなざしを描きます。
『ピカソの記念碑のための碑銘』は、二つの楽しみを持った詩です。。
一つはは、故郷のスペインから遠く離れたフランスで眠る彼をほめたたえる部分。
そしてもう一つは絵について触れていることです
この句を見ると私はいつもピカソの絵のいくつかが思い浮かびます。
結構な部分を引用したように見えますが、
詩の全編を読むと今引用した部分なんてかすんでしまうほど
ピカソの偉大さを見てまわることのできます。
すばらしいピカソ追悼の詩です。
アルベルティは第二次世界大戦直前のスペイン内戦を戦い、1999年に亡くなりました。
97年の生涯でたくさんの詩を友人を追悼しています。
『マチャード/アルベルティ詩集』に掲載されたアルベルティに追悼された詩人は
○ガルシア=ロルカ
○アントニオ・マチャード
○ポール・エリュアール
○ルイ・アラゴン
○パブロ・ネルーダ
『ポール・エリュアールの帰還』では
アルベルティはスペイン内戦という自由を勝ち取るための戦いに敗れて生き残りました。
そして彼より人生という戦いに傷つき死んだ友人の追悼詩を書き続けた彼を考えると私はいつも生き残ることの強さと難しさにふるえてしまいます。
二十世紀の
もっともすばらしい眼が
じっと動かなくなった
だが眠りはしない 開いたまま
見張っているのだから
だが じっと動かない
くらやみのなかに
ただ鋭い瞳孔ばかり あたりは沈黙
『ピカソの記念碑のための碑銘』は、二つの楽しみを持った詩です。。
一つはは、故郷のスペインから遠く離れたフランスで眠る彼をほめたたえる部分。
フランスの大地よ
彼の上に軽やかであってくれ 彼がきみの上に
どんなに重たかったか 忘れないでくれ
そしてもう一つは絵について触れていることです
ゲルニカはわたしだ 自由の木だ
さあ わたしの木陰に坐って
わたしを歌ってくれたまえ
わたしは死にはしない
わたしの墓から青を剥ぎとり
海辺に横たわって青にみとれておくれ
この句を見ると私はいつもピカソの絵のいくつかが思い浮かびます。
結構な部分を引用したように見えますが、
詩の全編を読むと今引用した部分なんてかすんでしまうほど
ピカソの偉大さを見てまわることのできます。
すばらしいピカソ追悼の詩です。
アルベルティは第二次世界大戦直前のスペイン内戦を戦い、1999年に亡くなりました。
97年の生涯でたくさんの詩を友人を追悼しています。
『マチャード/アルベルティ詩集』に掲載されたアルベルティに追悼された詩人は
○ガルシア=ロルカ
○アントニオ・マチャード
○ポール・エリュアール
○ルイ・アラゴン
○パブロ・ネルーダ
『ポール・エリュアールの帰還』では
おお フランスの美しい穂よエリュアールの傑作『自由』を引いて死者を悼んでいます。
10月のとある夜 わたしは君に会ったが
そのとき 「自由」はまだ廃墟のガレキの下に
倒されて 横たわってはいなかった
そして きみの愛の詩集のなかで
きみの夢の 単純な言葉のなかで
平和は その白い顔を
黒い喪のヴェールで おおうてはいなかった
アルベルティはスペイン内戦という自由を勝ち取るための戦いに敗れて生き残りました。
そして彼より人生という戦いに傷つき死んだ友人の追悼詩を書き続けた彼を考えると私はいつも生き残ることの強さと難しさにふるえてしまいます。













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